Archive List for April 2017

ベルナール・ビュッフェ 「ダリア」他

美術雑記

ベルナール・ビュッフェは、私がこの業界に入った1989年のバブル 全盛期に高騰した作家の一人だった。油彩・版画とも瞬く間に 値段が上がっていった。その当時、版画のNYシリーズは100万から200万の 値段がオークションでついた。そう,今の草間彌生の絵画のように そしてバブルは崩壊、急激に値段は下がったものの、ビュッフェは 人気があり、その後も企画展、来日展が催され、バブルの分は弾けたが ある一定の値段で売買され続けた。 1999年10月4日、突然の訃報が聞こえてきた、ビュッフェの死亡の知らせだ、 それも自殺、20世紀最後の巨匠が20世紀とともに去って行った。 それから18年後の今はどうか。残念ながら版画に関して、特にモノクロの のドライポイントが,初期の作品にもかかわらず、価格が付かない、リトグラフも やや苦戦している。一方、油彩・水彩は2010年頃から再評価が始まり、2016年には バブル以来の高値を更新し高騰した。逆に言うと、ビュッフェのリトグラフ・ ドライポイントの秀作は今が買い時であるともいえる。 2017年4月27日(木)開催の 第94回A.C.N.ART AUCTIONにビュッフェ の紙油彩他の作品「ダリア」が出品 版画にもなった花の図の1点です。           A.C.N. ART AUCTION TOKYO SALE94 4月セール Modern & Contemporary&Decorative art 2017年 4月27日(木曜日) 午後1時からセール開始 開催場所 東京 東日本橋 中央区立産業会館 2F展示室 東京都中央区東日本橋2-22-4 下見会 上記会場にて開催 2017年4月25日(火) 午後2:00〜午後6:00 2017年4月26日(水) 午前10:00〜午後7:00 2017年4月27日(木) 午前10:00〜正午 ベルナール・ビュッフェ 1928年 フランス、パリに生まれる。 1943年 パリ国立美術学校に入学ナルボンヌに師事彗星のように登場。 1947年 初個展でその鬼才を認められアンデパンダン展、サロン・ドートンヌに出品。 1948年 第一回クリティック賞とジュンヌ・パンチュール賞を受賞。版画を始めたのもこの頃。 1952年 連作銅版画「マルドロールの詩」を発表。石版画第一作発表。 1962年、初の連作アルバム「パリ・シリーズ」を発表。 1963年、日本の国立近代美術館で回顧展を開催。 1965年、カラーリトグラフのアルバム「ニューヨーク」を発表。 1966年には「サンフランシスコ」「押し花」を発表。 1971年、レジオン・ドヌール勲章を受章。 1974年、アカデミー・フランセーズ会員に任ぜられる。 1979年、連作カラーリトグラフ「サントロペ」を発表。アンナベルとの結婚。 20周年記念に「花シリーズ」を発表。 1987年「ヴェニス」シリーズを発表。 1992年、パリの専属画廊、モーリス・ガルニエと契約を解消。 1999年、晩年にはパーキンソン病を患い、71歳で自らの命を絶った。

星襄一 王の樹 その他版画集「樹」より

美術雑記

個人的に好きなアーチストを聞かれれば、一番に出てくるのは星襄一 という版画家である。 特に版画集「樹」に掲載されている樹木をモティーフにした木版作品は、 複数枚刷る版画ではあるが、一枚一枚に使われ、施された金箔の状態や原盤である 版木の状態で、版画の景色が微妙に変わり、 まるで1枚の版画がオリジナル作品のように思える版画だ。 代表作は写真の「王の樹」彼の作品の中でも 最高傑作の1枚である。 星の「樹」シリーズの特長は日本古来の金・銀白の 使用と樹木の枝のが毛細血管のような細かい彫り による表現である。 23年ほど前に初めてその作品を見たときの衝撃は 今でも忘れない。なんと美しく、きめ細やかな 作品なのだろうか。   1970年代に生み出されたこの樹木の作品は日本では無く 実は海外の人々に受け入れられ数多くの人々が 日本のお土産に購入していたのだ。 それらの作品を1990年代半ばに逆輸入した訳だ。 星襄一 (1913-1979) 大正2年(1913)新潟県に生まれる。台南師範卒業後、現地で教職に13年間たずさわり、 戦後は台湾より生地に帰還して孔版画を習う。昭和24年(1949)に日本版画協会展にて受賞。 昭和27年(1952)には日本版画協会の会員となって木版画を独習し、昭和34年(1959)国画会にて 国画賞を受賞する。その後も第2回、第3回、第4回の東京国際ビエンナーレ等に精力的に出品し、 昭和35年(1960)には国画会の会員となる。

ディエゴ・ジャコメティ 猫の給仕長

美術雑記

2006年の3月に思い出深い出品作が出た。写真の猫が皿を持ったブロンズである。 ディエゴ・ジャコメティの「猫の給仕長」という ブロンズ作品である。 ジャコメッティといえば、すぐに思い浮かべるのが 針金のような人物「歩く男」のブロンズで有名なアルベルト ジャコメッティだが、ディエゴは一つ年下の弟で 兄の実存主義的な彫刻と比べれば、ユニークな家具職人 としての作品が評価の高い作家だ。 作品として代表的なのはダチョウの卵をかかえたダチョウの のブロンズやかえるのブロンズ枠の机などがある。 写真の「猫の給仕長」ももちろん代表作の1点である。 猫が皿を持ったブロンズ、何のために制作されたものなのか? これは実は鳥の餌置きとして作られたブロンズだそうだ。 なんともユニークな(鳥の天敵の猫をモチーフにする)ユーモア あふれるブロンズではないか。 この時のオークションカタログは表紙に写真の正面からの図と実は 後ろ姿がすごく良かったので,裏表紙にも後姿の写真を掲載した。   その時のエスティメイトは300万〜400万 結果は下値の倍以上となった。 ディエゴ・ジャコメッティ 略歴 〈ジャコメッティ〉1902〜1985。オブジェ作家。 〈ボド〉作家。ジャーナリスト。芸術評論家 1歳年上の 兄がアルベルト・ジャコメッティ。  

長谷川潔の版画/「時 静物画」/アカリョムの前の草花[草花とアカリョム]

美術雑記

長谷川潔という創作版画作家とは付き合いが長い、もちろん物故作家だから本人は知らない。 作品のみの付き合いだ。1989年に美術販売の世界に何の因果か関わってきてから、色々な作品 と出会っている。一番は「時・静物画」 この作品は手彩色3点/モノクロ3点のサイン付きと 版上刷込サインのモノクロ1点と計6点の作品 を取り扱った。 3月30日開催の第93回 A.C.N. ART AUCTION TOKYOには 「アカリョムの前の草花[草花とアカリョム]」のマニエール・ノワールが出品される。 私どもでは初めての出品作品だ。 晩年のマニエール・ノワールを代表する作品である。晩年のマニェール・ノワール作品には 長谷川の晩年の人生観・自然に対する見方・考え方が濃く反映されている。 長谷川潔の全版画(魚津章夫著)によると長谷川自身がこの作品に対して「私は, 自身の庭や田野で摘み取った,色々な好む草花を花瓶に入れ,長方形のアカリョムの 傍に置いたとき(全く異なる如くおもわれる二つの世界)水中を泳ぐ魚と花瓶の草花とは、 微妙に融合し,あたかも花と胡蝶の関係にも等しく,魚は草中に入り,あるいは花より 魚が出現するかの観を与えた。草花は水を,水は魚を、魚は虫を,虫は草花を、と次々に 連想を進めると大自然のあらゆる存在物は一大円形を形成する。」と述べた。 長谷川潔の版画の魅力は、特に晩年のマニェール・ノワールの作品はその美しい摺りの 出来映えと共に長谷川の晩年の自然・静物にたいする考え方、まさに思想が感じられる 作品が多い事だ。   LOT192  長谷川 潔 アカリョムの前の草花[草花とアカリョム] 1969年 玲風書房353 マニエールノワール 26.4 × 35.4(版面寸)フルマージン ed. épreuves de artist サイン有 マージン左下に作家による画題/技法/年記有 マージン右下にエンボス印有 額有 画面のコンディションは良好 その他マット下マージンにうすい経年ヤケ有 1300/1600(千円) ハンマープライス 1.450.000円で落札 SALE93 3月30日(木)開催 開催場所 東京 東日本橋 中央区立産業会館 2F展示室 東京都中央区東日本橋2-22-4 下見会 上記会場にて開催 2017年3月28日(火) 午前10:00〜午後6:00 2017年3月29日(水) 午前10:00〜午後7:00 2017年3月30日(木) 午前10:00〜正午 弊社が最も得意とする作家の一人で、今まで他社には出品されていない 珍しい作品も出品しております。 長谷川潔 代表作品 時 静物画 狐と葡萄 ポアンダンテロガシオン号(ニューヨーク上空を)第3ステート 幸福の小鳥 手彩色 アレキサンドル三世橋 マニエールノワール/デッサン オパリンのある静物 長谷川潔(Kiyoshi,Hasegawa 1891〜1980)略歴 版画家。1891年横浜市生まれ。 東京の麻布(あざぶ)中学校を卒業後、黒田清輝(せいき)に素描を、岡田三郎助(さぶろうすけ)、藤島武二(たけじ)に油絵を学ぶ。 1913年(大正2)から文芸雑誌『仮面』の同人となって創作版画を発表。18年末アメリカへ出発し、翌春パリへ渡る。銅版画技法マニエール・ノワール(メゾチント)を復活させ、さらに独自の近代的表現を加える。 1926年サロン・ドートンヌ版画部会員(48年には絵画部会員)のほか、春陽会会員、日本版画協会創立会員となる。 1935年(昭和10)レジオン・ドヌール勲章、ついでパリ万国博覧会で金賞牌を受けた。 1964年フランス芸術院コレスポンダン会員、 1966年フランス文化勲章受章。 1980年京都国立近代美術館で大回顧展が開かれたが、同年12月13日パリの自宅で没した。

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